【便乗型ライドシェア】画期的だけどチャージ時間も確保してよね

どうも、「たくのり」管理人です。組合からも独立し、誰にも気を遣わずに都内を走る「完全無所属ぼっち個人タクシー」を営んでおります。車内は私にとって、完全なる聖域(プライベート空間)です。最高に落ち着く場所です。
さて、最近メディアでも何かと話題の「ライドシェア」。現役ドライバーの私にとっても非常に気になるニュースですが、先日、業界紙で「これまでにない、新しい形のライドシェア」が提案されているのを見かけました。
それが、こちらの記事です。
「公共交通が確保できない地域を抱える自治体に向け、建設コンサルタントの長大などが『マイカー便乗型ライドシェア』の仕組みを開発、提案している。
これは、専任のドライバーを設けず、一般ドライバーの通勤や買い物といった日常の『ついで』の移動と、移動困難者のニーズをアプリでマッチングするもの。ドライバーは『ついで』を利用するため、深刻な人手不足の地域でもドライバーを確保しやすいのが特徴だ。」
この「通勤や買い物のついでに乗せる」というアイデア。これまでのライドシェアが抱えていた大きな壁をクリアできそうな、非常に面白い試みだと思いました。
しかし同時に、一人の「ぼっち空間」を愛する人間として、どうしても気になる部分もあるのです。
人手不足の日本において、「ついで」という発想は極めて合理的
現在、日本で議論されている一般的なライドシェアには、実は大きな矛盾があります。
それは、「そもそも、タクシーが足りなくて困っている通勤ラッシュなどの忙しい時間帯に、暇で、免許を取得済みで、自由に動かせる車を確保できて、安全と一定レベルの接客を提供できるドライバーが日本にどれだけいるのか?」という点です。
少子高齢化で深刻な労働力不足の日本において、都合よく「忙しい時間だけ稼働してくれる都合のいい労働力」なんて、そう多くはありません。ライドシェアがうまく行っている国は労働力が余っていたり、車の維持費が安く、移民がドライバーとして参入しやすい等の条件をクリアしているのが基本です。日本の現状の労働市場とは、構造がまったく異なるのです。
その点、この「便乗型(ついでに送迎)」というアイデアは、実によく考えられています。
ドライバーはわざわざ働くために車を出すのではなく、自分の用事(出勤や買い物)のために走るだけ。そこへ「同じ方向へ行きたい人」を便乗させるわけですから、新規の労働力を無理に探す必要がありません。
これなら、人手不足に悩む地方の自治体でも、現実的に運行を維持できそうです。実際に、愛媛県内子町での実証実験でもまずまずの結果が出ているとのこと、素晴らしい試みです。
しかし、ぼっち個タクの私が思う最大のハードル:「他人が車内にいるストレス」
仕組みとしては本当に素晴らしい。しかし、実際に「長く続けられるか?」という持続性の観点から見ると、私にはどうしても懸念してしまう点があります。
それは、「忙しい朝の通勤時間に、自分のプライベート空間である自家用車に、赤の他人を乗せて走る精神的ストレス」に、一般のドライバーがどこまで耐えられるか、という問題です。
私のような、一人の時間を愛してやまない「ぼっち個人タクシー」からすれば、朝の通勤時間は誰にも邪魔されない、一日を始めるための貴重な「精神統一の時間」のはずだと考えてしまいます。そこに、言葉を交わすかも分からない、気を遣わなければならない他人が助手席や後部座席にちょこんと座っている……。
もちろん、これは私の「ぼっち気質」が極端すぎるからかもしれません。しかし、たとえ収入がアップするとはいえ、「完全なプライベート空間を他人に切り売りする」という精神的なコストは、想像以上に大きいはずです。
最初は「お互い様だから」「地域の役に立つなら」とボランティア精神で始められても、数ヶ月、数年と長いスパンで見た時に、この「日々のささやかな気疲れ」を許容し続けられる人がどれだけいるのか、非常に気になるところです。
まとめ|システムは完璧、あとは「人間の心」をどうケアするか
長大さんたちが提案するこの「便乗型ライドシェア」は、人手不足の日本に寄り添った、極めて知的なインフラ構築のアイデアだと思います。ぜひ成功してほしいですし、今後の推移も見守っていきたいです。
ただ、最終的にこの仕組みを支えるのは、テクノロジーではなく「一般ドライバーの、日々の我慢と善意」です。
利用する側のマナーの徹底や、お互いに気を遣わずに済むような車内ルールのガイドラインなど、「ドライバーの精神的な負担をいかに減らせるか」。そこがクリアできれば、この便乗型ライドシェアは、日本の地方を救う新しい移動の形になるかもしれません。





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